自転車乗りという括り

Rush Hour on the Dunsmuir Separated Bike Lane

Rush Hour on the Dunsmuir Separated Bike Lane by Paul Krueger, on Flickr


WEBRONZAに興味深い記事がありました。


そろそろ自転車についてもう少しまじめに考えよう  – SYNODOS JOURNAL(シノドス・ジャーナル) – 朝日新聞社(WEBRONZA)

この例にかぎらず、シリアスサイクリストの方々の言説には「オレたちホンモノはあいつらとはちがう」みたいなニュアンスがしばしば感じられるのだが、歩行者の目からみれば同じ自転車乗りだ。少し辛辣な表現をすれば、これまでサイクリストの意見が世論をなかなか動かせなかったのは、少なくとも外部からは「仲間」としかみえない人びとが社会にかけている迷惑を「自分とには関係ない」とスルーし、自らの「正当」な主張のみを聴いてもらおうとする態度をとっているからなのではないかと思う。

記事の配信元はシノドスジャーナルでした。したがってこちらでも読めます。


SYNODOS JOURNAL : そろそろ自転車についてもう少しまじめに考えよう 山口浩

筆者としては、自転車乗りも自転車を降りれば歩行者であり、歩行者も自転車に乗れば自転車乗りであり、ハンドルを握ればドライバーであり……つまりどれも「人間がやってること」なので、みんなで実体験と想像力の両方をフルに組み合わせて考え、行動していくしかなんだと思っています。


山口氏は紹介した記事の後半で簡潔で具体的な提言を書かれています。そちらもぜひご一読を。


(須貝弦)


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須貝 弦

1975年東京都新宿区生まれ、川崎市麻生区在住。印刷製版会社営業アシスタント、DTP雑誌編集者、コールセンター勤務等を経て、フリーランスのライター&編集者へ。雑誌原稿の編集・取材・執筆の他、企業内Webサイト、企業ブログ、メールマガジン等の制作にも携わる。2009年より、自転車ブログメディア「CyclingEX」を運営。須貝 弦(Gen SUGAI)のGoogle+はこちらです

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