「自分は大丈夫」は通用しない

昨日、毎日.jpに次のような記事がアップされていました。


銀輪の死角:ブレーキなし「ピスト」 暴走、違法競技用車 事故多発、取り締まり強化 – 毎日jp(毎日新聞)

追記:記事はその後、こちらにアーカイブされています:銀輪の死角:ブレーキなし「ピスト」 暴走、違法競技用車 事故多発、取り締まり強化 – 毎日jp(毎日新聞)


同日の夕刊では比較的大きな扱いでした。


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記事に、こんなことが書かれていました。

人気は全国でもじわじわと拡大。京都市中京区の繁華街でブレーキなしピストに乗っていた20代男性は、「事故も多いと聞くが、普段から練習しているから大丈夫。扱えない人は乗らなければいい」と話す。しかし警察庁は「制動装置が備えられていない以上、道路上での使用は原則として違反」との見解だ。

「普段から練習しているから大丈夫」


ノーブレーキピスト云々以前に、思うことがあります。


15年くらい前、筆者はバイク(エンジンついてるほう)に乗っていました。


ある週末の昼下がり。筆者はバイクでT字路を直進しようとしていました。信号は青。対向車線に右折車がいました。微妙なタイミングなので、右折車が直前で右折してこないか、一瞬、そちらに注意が向きました。そのとき左前方に、というか、ほぼ目の前に、黒い何かが飛び出してきました。


子どもでした。


背中で地面をすべりながら「なんで?」と思いました。


幸いにして、飛び出した相手は軽症でした。このとき筆者が理解したのは、事故を起こしたり、事故に遭ったりする可能性は、誰もが有しているんだということです。絶対に大丈夫などというものは、どこにもありません。


「普段から練習しているから大丈夫」


知ったことか!と思います。


どんなに注意していても、事故は起きます。そして生きるか死ぬかは紙一重です。根拠の無い自信で本当に事故が起きないのなら、この世の中にすべての事故は存在しません。


「普段から練習しているから大丈夫」


このくだらない自信、鎖骨の1本でも折ってみないと、その根拠の無さが理解できないのでしょうか。他人を巻き込まないことを祈るばかりです。ノーブレーキピストに限った話ではありませんよ。


※余談ですが、その事故では親が近くにいたにも関わらず子どもが一方的に飛び出したということで、筆者に付加点数はありませんでした。安全運転義務違反も問われませんでした。しかし、親の責任を問うたところで子どものけがが瞬時に治るわけではないし、いくら「君は悪くないよ」と言ってくれたところで筆者のケガがその場で治るわけでもありませんでした。もちろん、事故の瞬間の記憶が消えてなくなるわけでもないのです。


(須貝弦)










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須貝 弦

1975年東京都新宿区生まれ、川崎市麻生区在住。印刷製版会社営業アシスタント、DTP雑誌編集者、コールセンター勤務等を経て、フリーランスのライター&編集者へ。雑誌原稿の編集・取材・執筆の他、企業内Webサイト、企業ブログ、メールマガジン等の制作にも携わる。2009年より、自転車ブログメディア「CyclingEX」を運営。須貝 弦(Gen SUGAI)のGoogle+はこちらです

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